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Seoul

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伊藤 悠吾/Yugo Ito/ダゲレオタイプDaguerreotype/湿板写真WetPlateCollodion/乾板写真DryPlateCollodion/ - Materialising the moments -
"Oblivion Terror" x "Craving For Existence" x "Physical Linkage" x "Impermanence" x "Physical Photography"

[+ About Me]

 
 
 

[fade]“A shutter makes up half of a photograph, nurturing it completes the rest.”[/fade]


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+Bio

Yugo Ito 

He was born in Tsushima City, Aichi, Japan, in 1991, and grew up as the 4th generation of a family-owned photo studio.
 

He has mainly taken Daguerreotype, Wet plate collodion process and hand-made Dry plate collodion process photographs with his hand-made Japanese lacquer urushi-coated wooden large format camera since 2015.

And, since 2019, he has started to build a large portable darkroom camera in Giroux Daguerreotype camera style in the photo studio, and which darkroom camera is going to be used for his new photography service that customers not only get their Daguerreotype or Wet plate collodion process portrait photography taken by the darkroom camera but also see its developing processes inside the darkroom camera.

→  Daguerreotype
→  Wet Plate Collodion
→  Dry Plate Collodion

 
 
 
Giroux Daguerreotype camera Darkroom Yugo Ito
 
다게레오 타입 /Daguerreotype /ダゲレオタイプ
 

 

[fade]Materialism or Datalism?[/fade]

 

 

[fade]MATERIALISM KOREA[/fade]

MATERIALISMPROFILE(4000-72).jpg

 

 


[fade]In 2016~7, he managed a On-demand Photo Studio "MATERIALISM" specialising in Daguerreotype & Wet/Dry Plate Collodion Process in Seoul, Korea. (Collaborating with a photographer from Hong Kong.)
materialism.kr

Left: Me
Right: Antony Shum→antonyshum.com[/fade]

 

 

 

 

 

[fade]MATERIALISM JAPAN[/fade]

 

 

 

[fade]Currently, he is organising the world-first photo studio which is able to shoot from Daguerreotype to Digital in his family-business photo studio in Japan.
ito-photo.com[/fade]

 

+Blog

+Key Concepts

 
MATERIALISM
 
 

 

under maintenance ...


+CV

-Main Work Experience-

2018-2019 Self-build Darkroom camera in Giroux Daguerreotype style
2017  The 2nd Dry Plate Collodion Process Shooting & Processing Workshop by MATERIALISM
          Culture Garden, Seoul, Korea
2017 Wet Plate Collodion Process Shooting for Romantic Theatre <Tian Mi Mi>
          Supported by Seoul Special Metropolitan City
2017 The 1st Dry Plate Collodion Process Shooting & Processing Workshop by MATERIALISM
          Mugyewon, Jungro Foundation for Arts & Culture, Seoul, Korea
2017 Wet Plate Collodion Process Shooting Event at the National Taekwondo Museum
          during 2017 WTF WORLD TAEKWONDO CHAMPIONSHIP → HERE
2017 "Materialism" On-demand Alternative Photography Studio, Seoul, Korea / Architect & Photographer → HERE
2016 Around the World Honeymoon / Photographer → HERE
2016 Airbnb, Inc. / Official Photographer

-Education-

2015 Postgraduate Diploma in Photography, LCC, University of the Arts London, United Kingdom
2014 BA in Management, Faculty of Economic, Sophia University, Tokyo

-Awards- (13 Awards)

2018 Monochrome Awards 2018 Architecture, 1st Place Winner (professional), Dry Plate Collodion
2018 Monochrome Awards 2018 Architecture, Honorable Mention (professional), Dry Plate Collodion
2018 Monochrome Awards 2018 Architecture, Honorable Mention (professional), Dry Plate Collodion
2017 Monochrome Awards 2017 Landscapes, Honorable Mention (professional), Dry Plate Collodion
2017 Monochrome Awards 2017 Landscapes, Honorable Mention (professional), Digital
2016 The Rendering The Spirit show (Alternative Photographic Process), United States, Twelve Selected Artists
2015 Thirty for Thirty, United Kingdom, Thirty Emerging Artists
2014 The 62nd Nikkor (Nikon) Photo Contest, Japan, 5th Prize in U-31 Division
2013 The 11th Japan Photography Association, Award of Excellence
2013 The 17th Japan General Photographic Exhibition, Two Awards of Excellence
2013 The Embassy of The Republic Of Korea in Japan, Photo Contest, Selected
2013 Hasselblad & The Embassy of Sweden in Japan, Innovation Photo Contest, Finalists
2012 The 64th Chunichi Photo Contest (Japanese Newspaper), Selected

-Published-

2015 Thirty for Thirty Art Book, United Kingdom

-Featured-

2016 DCPhotoArtist // RENDERING THE SPIRIT: INTERVIEW (URL)
2015 LCC Postgraduate Shows // Spotlight on (URL)

-Serial-

2015  Monthly Magazine of Chunichi Newspaper Photography Association, Japan

-Exhibitions- (6 galleries)

2018 Alice in the www “Who in the www am I?”,
Collaboration with my daguerreotype artwork, Sooho Gallery, BunDang-Gu, Korea
2017 The 2nd Modern Seoul&China Dryplate exhibition by MATERIALISM, Culture Garden, Seoul, Korea
2017 The 1st Modern Seoul Dryplate exhibition by MATERIALISM
         Mugyewon, Jungro Foundation for Arts & Culture, Seoul, Korea
2016 Glen Echo Photoworks Gallery, Washington DC, United States
2015 Postgraduate Show, LCC, University of the Arts London, London, United Kingdom
2015 Camera Work, the Leyden Galley, London, United Kingdom

 

[fade]Although he mainly uses his hand-made large format camera and analogue techniques such as Daguerreotype, Wet/Dry Plate collodion photography for his works, he also uses a digital camera for his clients such as Airbnb, Recruit Marketing Partners CO.,Ltd(JAPAN) etc. In addition, he does wedding photography. In 2016, he has carried out “Around the world Honeymoon” with a Japanese couple.[/fade]


[fade]My Japanese lacquer coated
handmade large format camera
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[fade]<4x5 & Whole Plate & 8x10>

mainly used for Daguerreotype, Dry Plate Collodion, Wet Plate Collodion and Film Photography.
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DSC9557(72).jpg
 

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MATERIALISM.png
 

Translating soon . . .

 およそ12億年前、無性生物の一部が“永遠性”を捨てさり、有性という“個体の死”を手に入れるという大革命が起きた。すべては個=全である命のためであった。しかし、約11億と9996万年が過ぎた頃、賢くなり過ぎたある有性生物の一種が”個体としての不死”を望むようになった。それは言わずもがな、僕たちホモ・サピエンスのことである。「知識の向上」「自己認識」「心の理論」「内省的自己意識」「自伝的記憶」と、脳の段階的な進化を経ることで、ホモ・サピエンスは動物界で唯一、自己の死を考え顧みる生物となった。

 ホモ・サピエンスは自己の死に対する疑問の答えを、アニミズムや先祖崇拝、そして様々な神々や宗教に見いだしきてた。「魂が引き続き存在するとする」という大いなる信念は、原始的な部族の時代から現代に至るまで相変わらず、およそ共通の普遍的な宗教的信念であり、”来世”という概念は死の苦悩に対する最も効果的な解決策となった。僕たちホモ・サピエンスは、このような心理的な慰めと共に過去4万年間を生き抜いてきたのだ。

 一方で、現世に対しても様々な解決策が生み出されてきた。例えば洞窟内で見つかる手形や、この世に存在したいた証となる墓や、どのような顔・姿であったのかを伝える肖像画などがそれに当たる。これら全て確証性に欠点を持つ外部記憶保存道具であったのだが、19世紀に入ると、「カメラ・オブスキュラ」というそれまで絵画の世界で使用されていた光学装置が生み出す映像を、感光により色が変わるハロゲン化銀などの銀化合物などで定着させるという大構想がついに実を結ぶことになる。それは、光が描く絵“Photograph”と呼ばれた。そして1839年、フランス・パリのとある議会にて大発明が公開された。人間を撮影できる高感度な撮影技術、ダゲレオタイプと言う名の解像度の著しく高い新たな外部記憶保存道具が発明されたのだ。ホモ・サピエンスの外部記憶保存道具は圧倒的な技術革新を迎えた。それまでの外部記憶保存道具とは段違いの現世での存在の確証性を担保した。自己や愛する人の姿を写真板上にマテリアライズし、精緻な実像としてこの現世に残そうとする写真という道具は、当初は特権階級しか手を出すことができない贅沢品であったのだが、生と死を浮き彫りにする戦時下、そして技術改良の恩恵、中産階級世帯の増大を受け、写真はついに一般大衆にとっても頼り甲斐のある外部記憶保存道具となった。

 そしていま、世界であらゆるものがデータ化されはじめているように、フィジカルに存在していた写真もそのほとんどが デジタルデータの写真に取って代わられている。利便性は常に何かしらの犠牲を要求してくる。しかし、その犠牲に気づく者、何かしらの行動に移る者が極めて少ないのも世の常だ。いまの写真界に、一体どれだけの人間がこの利便性がもたらした犠牲を把握しているのだろうか。

 フィジカルな写真であれ、デジタルな写真であれ、さらには無機物であれ、有機物であれ、荘子曰くこの世のすべては「化」であるいう。ヘラクレイトスであれば「パンタ・レイ(万物は流転する)」と返し、ゴッタマ・シッダルータであれば「諸行無常」「是生滅法」と答える。こういった世界の仕組みについての言明は、世界各地の遺跡遺物に残る渦巻文様からも見て取れる。これらは単なる過去の金言などではなく、「ダイナミック・ステイト」や「エントロピーの法則」により、科学的にも支持されている自然の摂理なのである。

 デジタルデータの写真はその性質上、“生”か“死”の状態でしか存在できない。データが消えていく瞬間を目の当たりにすることなど不可能だからだ。故にその死別はいつも突然なのである。それに比べ、フィジカルに存在している写真の生き様は詩情に溢れている。自己の精緻な実像は、悠然と生き. . .劫を経て. . .老い、病み、死んでいく。まるで“生老病死”の哲学と有性生物としての命のシナリオの如く、フィジカルな写真たちはその生を全うしていく。その世界に溶け込まんとする様に、僕たちは“寂”という一語をもって美醜一つの如し、感得できる。先人たちがそのような哲学の下、写真を残していったとは全く考えられない。しかし、残されたいったフィジカルな写真たちの古傷を負ったその生き様は、「写真とは何か」という根本的な問いに対しての明確な答えを一つ、今を生きる僕たちに提示してくれているようにも思えてならない。

 僕たちホモ・サピエンスは相変わらず不老と不死を夢見ているが、自己の“生”と“存”だけが続く世界は空虚でしかない。この執着は畢竟するに、ホメオスタシスの規則が賢くなり過ぎた意識に狂わされているからに尽きる。僕たち有性生物は、二重の死のプログラム「アポトーシス」と「アポビオーシス」の働きにより自らを消し去り、絶え間ない宇宙の循環に回帰する利他的な生物であったはずだ。いや、そこには利他も利己もなかかったのかもしれない。奪われる命も、与えられる命もなかったのかもしれない。かつて、そのような世界の在り方を指し示す様々な思想が、華厳思想の「妙有」をはじめ、一部のホモ・サピエンスにより世界各地で大いに展開されていた。科学革命以後は科学者が世界の仕組みを説明する役目を担ったのだが、ホメオスタシスの規則を発見できても、その規則誕生の契機は説明できていない。それに加え、発展し過ぎた科学技術により、現代はますますテクノロジーの結果だけを享受する「再魔術化」の時代となってきた。社会が機能するには、価値や倫理的な判断が必要不可欠であるが、僕たちは科学に頼ることはできない。なぜなら、科学が機能するためにも価値や倫理的な判断が必要不可欠だからだ。“何から脱却し、何を残して、これから生きていくのか”、技術革新のテンポが継続的に加速していき専門性が著しく高くなってしまったこの社会では、それぞれの分野がそれぞれに考えを出していかないといけない。

 かるが故に、この時代、この世代の写真に携わる者の一人として、僕が辿り着いたのが“Physical Photography” (*1) であった。

“有限の生”と“無限の愛”の残り香を漂わせながら…
時間を超え 恒常的であろうと望む 自己は…
世界に投げ出され そして世界に溶けて逝く…

これが“Physical Photography”の世界だ。 自己の精緻な実像も、時間をかけて生を全うしていく。その具現の過程は世代を跨ぐ。100年、200年、300年先を見据えて、撮って育てて残すのだ。

 

Grandfather and Grandaunt

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「写真は 撮って半分 育てて半分」


“モノへ愛情を注ぐ”という姿勢は、「人間と機械」「生物と非生物」の境目が曖昧となる来たるべき真のAI世界に置いて、非常に大切な心構えとなるに違いない。そして“時の経過が織りなす自然美”は、光の速度を超える何らかの方法を見つけない限り、ホモ・サピエンスが決して手を出すことのできない領域の絶対美で在り続ける。仮に同じような美の効果を何らかのテクノロジーによって再現することができたとしても、僕たちの意識を完全に制御できていない限り、それは偽物で在り続ける。

.  .  . では仮に、僕たちの意識を完全に制御できる世界がもしも来るのだとしたら、それは.  .  . ダメだ、やめよう、考えるのはここまでにしておこう、その時は、その時だ.  .  . 




 

*1 デジタルデータの写真は、ディスプレイを通してでないとその存在を確かめることができない。パソコン内やHDD、クラウドストレージ上などに保存されている間は、僕たちは身体的感覚ではなく、心的感覚、つまりその存在をただ信じることしかできない状態が続く。一方、いわゆるアナログ写真と呼ばれている写真は、視覚、触覚、聴覚、嗅覚に刺激を与え、強い身体的感覚と共にその存在を認識できるため、心的の対語であるPhysical(フィジカル)な写真と言えるだろう。加えてこの世界に存在するあらゆるモノは、細かく分けていくと原子という粒子に行き着き、そこはデジタルの世界だとも言える。感光膜面上に広がるハロゲン化銀分子の連なりも、アナログではなくデジタルな世界に近いのではないだろうか?以上の理由から、ダゲレオタイプや湿板写真、乾板写真、フイルム写真といった写真類を、僕は2015年の湿板写真とサイアノタイプの卒業展示以来、「Physical Photography」と呼んでいます。


プロジェクト名である “MATERIALISM”は
「(精神より物質を重んじる)物質主義,実利主義」
といった意味では使用していません。


 既存の「物質主義(MATERIALISM)」という言葉が暗に示すのは、所有欲の原因を“己の心の弱さ”ではなく“物質”に擦りつけ、いまだその違和感を何一つ感じない、合理性を標榜する現代人たちの醜さである。果たして、この驕った精神を放置したまま、人間は、ヒトのように振る舞う機械(モノ)との共存や、近い将来やって来るであろう意識を持つ機械(モノ)の時代を、健全に迎えることが出来るのだろうか。モノにヒトの要素を足すテクノロジーは、ヒトにモノの要素を足すテクノロジーと表裏一体である。つまり、不老と不死という欲望さえもが何らかの形で叶えられてしまう時代が来るかもしれない。僕たちは、そのような来たる未来を迎え入れる健全な姿勢を確保する必要がある。しかし、焦る必要はない。理性という色眼鏡を少しズラしさえすれば、見えてくることがある。理性が感覚を見下すことさえ止めれば、世界は解けていく。

 かつて、不老と不死に対する欲望は、世界各地の賢者たちにより“循環”という概念に昇華され、そして渦巻文様として広く世界でシンボル化されてきた。こうした世界観は、自然を見つめ尽くし辿り着いた“感覚”の世界でしかなかったのだが、いまや“理性”が司る科学界でも、特にRudolph Schoenheimerや現代の生物科学界 を中心に、同じような世界観が形成されている。「万物はMaterial(素材)で構成され、合成と分解を繰り返す。」人間も例外ではなく、その身体を構成しているMaterialは分解されると自然界へ放出され、それぞれのMaterialがまた別の何かを構成するMaterialとなり、こうした循環が宇宙誕生のその瞬間から永遠と続いてきた。こういった世界に対する姿勢は、不老不死が誘う生と存だけの闇の世界の扉を閉める鍵と成る。そして、この「世界は循環する」という普遍的直感に加え、金や鉄をはじめとしたこの世の非生物を生物として見なしてきたホモ・サピエンスの象徴的思考や共感力、世界各地の哲学者や宗教者たちによって多種多様に展開されてきたヒト(生物)とモノ(非生物)を同根とする思想は、来たる真のAI時代の世界を正しく開ける鍵にも成り得る。「Material」という言葉は、ヒトとモノを結びつける大切な言葉なのである。だからこそ、「MATERIALISM」という言葉はアップデートされるべきなのだ。いまは敢えて、本来必要なのない“IMPERMANENT”「流転的」という形容詞を「MATERIALISM」の前に付け足して表現しているのも、「MATERIALISM」と聞いて冷たさや無情さと捉えるあなたがいるからだ。あらゆるものを分節し細かく切り分け、人間がこの世界を消化しやすくするために生まれた知恵が、言語化という行為である。だからこそ、生み出した言葉の面倒をみる義務が、僕たちにはある。

 理性の声に従い、モノに囲まれれば、至福を手に入れられると信じ突き進んできたのだが、

 感覚の声を信じ、モノと溶け合えば、至福という言葉はたちまち虚へと化していくだろう。


 人間精神の驕りを捨て去り、人間身体の脆さを受け止める。そして、その脆さは循環という摂理に包含され、愈々自我という厚かましい壁が音を立てず崩れていく。主観性を固持するのか、それとも物我一如を目指すのか。「MATERIALISM」という言葉は、カオスをその刹那ハーモニーへと置換する。意味など求めてはならない。意味はいつも、あなたが付け足しているだけではないか。

いまこそ、「MATERIALISM」という言葉を救うべきだ。

 
My Great-grandfather

My Great-grandfather